2005年、ある買収劇に日本中が釘付けになった。ライブドアが、東京証券取引所の時間外取引でニッポン放送株を一気に買い集め、その先にあるフジテレビの経営権を狙った。世に言う「ライブドア・フジテレビ騒動」である。
このとき、ニッポン放送の筆頭株主として騒動の渦中にいたのが、旧村上ファンドだった。一時は20%前後を保有していた。村上氏は親子逆転した資本構成の是正を訴えていたが、騒動の後、このニッポン放送株をめぐるインサイダー取引事件で有罪が確定する。
そして20年後の2025年春、その村上氏の側がふたたびフジの前に現れた。今度は「レノ」という名の投資会社が提出した、一通の大量保有報告書として——。まずは事実そのもの、つまり提出された報告書を一枚ずつ追っていこう。
なぜ今、フジだったのか
2025年のフジ・メディア・ホールディングス(4676)は、ガバナンスの嵐の中にあった。某タレントの女性トラブルに端を発した問題で、第三者委員会の調査やスポンサーの広告差し止めが相次ぎ、経営陣の責任が問われていた。保有する都心の不動産をはじめとする含み資産に対して、企業価値が割安に放置されている——アクティビスト(物言う株主)が動き出す条件が、これ以上ないほど揃っていた。
火種がくすぶる会社に、資本の論理を持ち込む者が現れる。その第一報は、ニュースの見出しではなく、EDINETに静かに提出された一通の届け出だった。
「レノ」という新規参入——5.19%の大量保有報告書
2025年4月3日、投資会社レノがフジHD株の大量保有報告書を提出した。報告義務発生日は3月27日、保有割合は5.19%。発行済み株式の5%を初めて超えたことを知らせる「新規」の届け出である。
大量保有報告書(5%ルール報告書)は、上場企業の株式を5%超保有した者に提出を義務づける制度だ。ここを超えた瞬間、「誰が・どれだけ・何の目的で」持っているかが公開される。レノの登場は、まさにこの5%ラインの通過によって白日の下にさらされた。
そして注目すべきは、その保有目的の記載だった。「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」。単なる値上がり益狙いの「純投資」ではない。経営に口を出す気がある、というシグナルが、最初の一通からすでに刻まれていた。
5度の買い増しを、変更報告書で追う
レノの動きは、ここから尋常でない速さで加速する。新規報告から数日のうちに、変更報告書が立て続けに提出された。
義務発生日に注目してほしい。3月27日、28日、31日、4月1日、2日、3日——ほぼ連日のように5%ルールの再報告が積み上がっている。わずか1週間で5.19%から11.81%へ。報告書の束そのものが、村上側の「本気で取りにきている」という意思を雄弁に物語っていた。
提出者「レノ」、保有0%の謎——名義の二重構造
答えは、共同保有者の欄にある。そこに名を連ねるのは、村上氏の長女である野村氏を中心とした面々だ。新規報告の時点で1,215万株あまりを握っていたのは、レノではなく野村氏だった。
以前「きもと(7908)」の回で、保有割合の"分母"には議決権と発行済株式という二重構造がある、という話をした。今回はその姉妹編、“名義"の二重構造だ。報告書のいちばん上に載る提出者の名前が、必ずしも実質的なオーナーとは限らない。むしろ村上グループのように、レノ(提出者)/野村氏(実質保有者)という形を取るケースは珍しくない。
しかも面白いのは、共同保有者が報告書を追うごとに増えていくことだ。最初は野村氏ひとり。2025/04/09提出(義務発生 4/2)でエスグラントコーポレーションが0.81%で加わり、2025/04/10提出(義務発生 4/3)ではシティインデックスファーストが1.38%で姿を現す。村上ファミリーが束ねる複数のビークル(投資の器)が、数日のうちに次々と動員されていく様子が、報告書の共同保有者欄にそのまま記録されている。
さらに2025/04/08提出(義務発生 4/1)では、担保契約の欄に三田証券の信用取引が現れる。自己資金だけでなく信用も使って一気に積み上げた——その痕跡まで、報告書は淡々と残している。
「重要提案行為等」——本気度はどこに表れるか
もう一度、保有目的の文言に戻ろう。「重要提案行為等を行うこと」。
「重要提案行為」とは、配当の増額や自社株買い、役員の選解任、事業の譲渡といった、会社の根幹に関わる事項を、株主として会社側に求める行為を指す。「純投資」が"株価の上昇を静かに待つ"立場だとすれば、「重要提案行為等」は"必要なら経営に物を申す"立場の表明だ。
もっとも、この言葉自体は幅が広く、穏やかな提案から強い要求まで含む。定型的に入っているだけのこともある。だが、書き手が村上側となると重みが変わる。増配・自社株買い・役員人事——彼らは長年、こうした要求を実際に企業へ突きつけ、譲らずに押し通してきた「物言う株主」の代表格だ。同じ四文字でも、その実績の裏付けがあるぶん、ここでは決まり文句では済まない。
5%という閾値、連日の買い増し、そして「重要提案行為等」。この3点が揃ったとき、市場は20年前の記憶を呼び起こした。村上氏、再び——と。
フジの初動、そして次回へ
攻め込まれたフジHDも、ただ手をこまねいていたわけではない。2025年4月30日、同社は「フジテレビの再生・改革に向けた8つの具体的強化策」を公表。アナウンサーを編成・制作部門から独立させるなど、騒動の温床となったガバナンス構造にメスを入れる姿勢を示した。
だが村上側の買い増しは、これで止まらなかった。11.81%はあくまで第一幕の幕引きにすぎない。次は17%超への攻勢と、フジが繰り出す買収防衛策との攻防が待っている。
5%の届け出ひとつで、誰が、どれだけ、何の目的で動き出したのかが見えてくる。20年前は紙の世界にあったこの情報が、今ではEDINETを通じて、提出の翌営業日には誰でも追える。村上氏の20年越しの再戦は、その気になれば私たち個人投資家もリアルタイムで観戦できる、そんな時代の出来事なのだ。
(次回・攻防編へ続く)